半信半疑だった。
邪な気持ちよりもむしろ好奇心の方が強かった。
家出をして住む所がない少女を自分の家に泊める。
その代替として......
そう、いわゆる神待ち掲示板なるものの存在が。
「えっと......
奈々未さん?」
待ち合わせに指定した駅前広場のベンチにポツリと座る女の子に俺は声を掛けた。
左腕に嵌めた緑色のシュシュ。
それが目印だと言っていたので恐らく間違ってはいない筈だが、もし違っていたら恥ずかしい事この上ない。
遠くの方をぼんやりと見ていた彼女は小さく身じろぎしてこちらを振り向く。
サラリと柔らかそうな栗色の髪が揺れ、上目遣いの大きな瞳がクルリと動き、自分に声を掛けてきた人間、つまりは俺と目が合った。
「ッ!?」
その瞬間、彼女の顔を見たその瞬間に、俺の中の時間が完璧に止まった。
いや、時間だけでなく心臓すら止まっていたかもしれない。
それ程の衝撃。
顔が整っているとか美人とか可愛いとか、そういうレベルを遥かに超越した精霊の如き光が俺の目の前に存在していた。
(マジ......かよ......)
まさしく絶句、二の句が継げないとはこの事だ。
学生服に身を包んだ彼女は、まさしく輝いていた。
既に陽は落ち、辺りはかなり薄暗いというのに、彼女の周りだけスポットライトを当てたかのように燦々としている。
いや、もちろん実際に発光している訳ではないのであって、人間が蛍のように光っていたらそれはそれで新種の生命体な訳で、絶句するのは当然な訳で。
そういう事を言っている訳ではなく、つまりは彼女の存在がそう思わせる程のオーラを放っているのだ。
「............っ」
混乱につぐ混乱、パニック状態の頭は言語だけスッポリと抜け落ちてしまったかのように正常に働かない。
それもそうだろう。
ああいう掲示板を利用する女の子というのは、言い方は悪いかもしれないが、ちょっと小汚いギャルのような子だろうと思っていたからだ。
こんな清純そうな、天使をそのまま具現化したような子がいきなり現れるとは思考の端にすら考えていない。
「..............」
彼女は無言の俺に対して、同じ様に無言で俺を見詰めていた。
しばらく二人の間に間の抜けた間と言える一種異様な空白が生まれた。
何も喋らない俺と、何も喋らない彼女。
そんな意味不明に見つめ合う二人、だが先に動いたのは彼女の方だった。
動いたと言ってもその動きは小さなもので、首をコクリと縦に振るだけのもの。
数瞬の後、それがさっきの俺の呼び掛けに対してのものだと分かった。
「あ、えーと......俺がその、掲示板に書き込みした奴で、その、なんて言うか......」
しどろもどろになりながら、自分が掲示板でやり取りした相手である事を彼女に伝える。
俺の言葉を最後まで聞く事なく、彼女はスッと立ち上がると丁寧に腰を折って頭を下げた。
(えっと......これは『よろしくお願いします』って事でいいのか?)
未だ混乱している頭で何とかそう結論付ける。
「あぁっと、ん〜......どうしよっか......えっと、あっ!お腹空いてない?ご飯、とか食べる......?」
何から話してよいのか分からず、とりあえず当たり障りのない事を聞いてみた。
彼女は微動だにせず、やはり無言のまま、首だけを縦に傾けた。
「じゃあ、ファミレスでいいかな......?」
コクリ。
何の異論も無いとばかりに即座に頷く彼女。
食べたい物の希望があればむしろ言って欲しかったのだが、あっさりと頷かれたので逆に拍子抜けした。
まぁフレンチとかイタリアンが食べたいとか言われても困るが。
そんな洒落てる店など知らないしそもそも行った事もない。
「んじゃ、こっち......」
そう言って案内するように先を歩き出すと、彼女はトコトコと俺の斜め後ろを付いてきた。
これだけの美少女を連れて歩いていると、別段偉くなった訳でもイイ男になった訳でもないのに、誇らしい気分になるのは何故だろうか?
そんな益体もない事を考えながら、俺は近場のファミレスへと足を向けた。
「好きな物頼んでいいよ」
ファミレスの席に着き、メニューを広げながら彼女にそう言った。
給料が入ったばかりで懐事情はわりかし暖かい。
ファミレス程度なら何を頼まれても痛くないのだ。
可愛い女の子の前で恰好付けたいというのも多少ある。
彼女はほとんどノータイムと言える程のスピードでメニューの一つを指差した。
細い身体に見合った細い指先。
強く握ったら簡単にへし折れてしまいそうな程、細くて脆そうな指が示す先に、
「えっ?これでいいの......?」
俺は少なからず驚いた。
彼女が指差したもの、それはマグロ丼だった。
女の子ならパスタとかピザとかドリアなんかを頼むもんだと思っていた。
随分と渋い趣味をしている。
それに、まぐろとはいえファミレスの中では安い部類に入るフードだ。
ひょっとして遠慮してるのかもしれない。
そう思った俺は、
「値段とか気にしなくていいよ?」
顔面の筋肉を無くしたかのような無表情な少女に向かってそう言った。
今度は首を縦ではなく横に振って、
「......これがいい」
ソプラノボイスの透き通った声でそう言った。
(やっと喋ったな......)
耳をくすぐるような予想以上に綺麗な声に胸をトキメかせながら、
「まぐろ、好きなの?」
沈黙を嫌って適当な話を振ってみる。
彼女は少し考える素振りを見せると、困ったように小首を傾げた。
(そうでもないのかよっ!?)
いよいよもって何故彼女がマグロ丼を選んだのかよく分からなくなったが、多分今日はまぐろが食べたい気分だったのだろう。
きっとそうだ、そうに違いない。
俺の身なりが貧乏臭そうだから気を遣ったとかそんな事ではない筈だ。
第一声で「ファミレスでいいかな?」とか言う位だからどうせ大した男ではないだろうとか思われている訳ではない筈だ。
いや、そうだとしても決して言わないで欲しい。
とても傷つくから。
しかし、掲示板である程度やり取りはしていたが、正直ここまで無口な子だとは思っていなかった。
言葉数は確かに少なかったが、最低限のコミュニケーションは取れていた。
コミュ障とはこういう子の事をいうのだろうか?
まぁ俺もあまり人付き合いがいいとは言えないが......
呼び鈴を鳴らし、店員にマグロ丼を注文をする。
俺はさしてお腹が空いている訳ではなかったので適当にフライドポテトを頼んだ。
料理が出てくるまでの時間、二人の間には重苦しい沈黙が流れた。
彼女の方から喋る気配は一切無く、俺の方も何をどこまで聞いてよいのか分からず言葉に詰まったからだ。
そしてマグロ丼とフライドポテトが運ばれてきても、彼女は所謂女の子らしい「わぁ、美味しそう♪」的な発言をするでもなく、病院のバリウムでも飲むかのように黙々とスプーンを口に運び始めた。
(何だかなぁ......)
食い物を食べる時、女子のテンションは上がるというのが通説の筈だが、どうやら彼女はそうではないらしい。
自分の中にあった一般常識があっさりと覆された思いだ。
そんな彼女をポテトをかじりながら横目で眺める。
相変わらず無表情で淡々と食べている。
パクリ、パクリ......
ちゃんと噛んでいるのか疑いたくなる程の一定のリズム。
パクリ、パクリ......
美味いのか不味いのかすら分からない。
パクリ、パクリ......
そうやってぼんやりと彼女を眺めていると、何だか急に可笑しくなってきた。
見た目の可愛らしさに反して、その無反応っぷりが変なギャップになっているのだ。
「——クッ、フフッ......」
彼女に悟られないように声を噛み殺しながら俺は笑った。
「.........?」
口元に手をあて、不自然に笑い始めた俺に彼女が気付き、「何が可笑しいの?」と問うような可愛らしい顔でこちらを見てくる。
まぁ、実際には顔の変化が乏しいので本当にそう思っているのかどうかは分からないが、俺は何でもないとばかりに顔の前で手をヒラヒラさせた。
彼女が何を考えているのか俺にはさっぱり分からない。
どんな理由があって家出をしているのかも分からない。
確かな事はただ一つ。
今夜、俺はこの美少女と呼んで至って差し支えない少女を家に泊めるのだ。
いつも応援ありがとうございます。
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