断続的に続く水音と共に、鼓膜が心臓になり代わったかのように耳元で鳴り響く心音、部屋の真ん中で胡座をかき小刻みに揺れる膝。
橋坂
奈々未と名乗る少女がシャワーを終えるのを男は静かに待っていた。
そう、情景描写が示す通り、男はとても緊張しているのだ。
「なんてな......」
自分を創作物語の登場人間のように描写して、何とか爆発しそうな心臓を沈めてみようとしたが、今の所あまり効果は無かった。
そう、これは物語などではなく、紛う事なき現実なのだから......
しかし、ここまで緊張するとは思ってもみなかった。
会う瞬間も緊張したが、女の子を部屋に連れ込んだ時の緊張は別格だった。
食事を終え、俺が寝床とする安アパートに到着するなり、彼女は俺の洋服の裾を掴んで「シャワー......」と一言だけ言った。
それがシャワーを浴びたいという意志を示しているのだと理解するまで数瞬の間を要し、なるだけ綺麗なタオルを彼女に手渡してからバスルームへと案内した。
彼女はドアの前で小さくペコリとお辞儀をすると、そのまま躊躇なくバスルームへと消えていった。
リビングに戻った俺は軽く頭を抱えながら、
「こ、これはもうなんて言うか......オッケーって事でいいんだよなっ!?」
誰にともなくそう呟いていた。
”女性を部屋に連れ込む”などといった経験に乏しいかった俺は、こういう状況で何をどう判断してよいかさっぱり分からなかった。
単純にしばらくお風呂に入ってなかったから早くさっぱりしたかったという線も勿論残っている。
そこを勘違いして襲いかかって叫び声なんか上げられたら、この安アパートの薄い壁ではあっという間に隣の住人が何事だろうと駆け込んでくるだろう。
そうなると未成年に対して売春じみた事をしている俺は犯罪者街道まっしぐらな訳で、人生そのものが終わってしまう訳で、脳裏に手錠を掛けられた自分の姿がありありとイメージ出来た。
まぁ、無口な彼女が叫び声を上げる所はあまり想像出来なかったが。
しかし、こういう状況になる事を期待していなかった訳ではないが、いざそうなってみると相当ビビってしまう。
据え膳食わぬは男の恥と言う言葉があるが、こうも堂々と御膳を出されてしまうと成る程、据え膳を食うにもかなりの勇気と度胸が必要なのだと、ここにきて初めてその言葉の持つ意味が理解出来た。
あの言葉はここ一番という時に男を奮い立たせる為の言葉だったのだ。
彼女の方には御膳を出している意識すらないのかもしれないが......
ごちゃごちゃ考えず「今夜抱いてもいいか?」と聞けば簡単なのだが、果たしてそんな直接的な言葉をうら若き乙女に使用してよいものか。
ほとんど素人童貞である俺は、そういった”流れ”的なものがとんと分からないのだ。
そうしてしばし悶々としていると、ついにバスルームの扉の開く音がしたので反射的にそちらを振り返る。
大きめのバスタオルを体に巻き付けた彼女がそこから出てきた。
「——おわっ!?」
熱いお湯を浴びて上気した頬、濡れた髪、うっすらと汗ばんだ白い肌、細い身体にバスタオルを巻いただけの無防備なその姿に、心臓が背中から飛び出して口から入ってきそうな程高鳴る。
彼女はひっくり返りそうな程仰け反った俺を、あの無表情な眼差しで見詰めたまま入る時にしたようにまたペコリとお辞儀をした。
その時、重力の法則に従ってはらりと落ちた濡れ髪の向こうに柔らかそうな胸元が視界に映る。
かがんだせいで出来た胸の谷間が異様に艶かしい。
「——っ!?!?」
既に早鐘状態にあった心臓はF1で使うような高性能スポーツカーのトップギア並みに跳ね上がり、理性という名の歯車が焼き切れて一瞬で吹き飛びそうになった。
あまりに刺激的なその光景、しかしビビリなのが幸いしてか飛びつくような真似はしなかった。
というか出来なかった。
目のやり場に困った俺は、
「あっ、あぁ〜えっと、俺もシャワー浴びよっかなぁ、アハハハ......」
黄ばんで薄汚れた壁に向かってそう言った。
こんな事であたふたしてしまう自分がもの凄く情けない。
「自分の家なんだから勝手に入れよ」と彼女が突っ込まずにいてくれた事だけがせめてもの救いだった。
適当に風呂支度を済ませ、バスルームの入り口に立つと、これまでに味わった事のない妙な感覚に襲われた。
生々しく残る湯気と散らばった水滴。
いつも使っている筈の石鹸の中に混じる女の香り。
首を回し、もう一度彼女の姿を視界に収める。
リビングの床にペタンと座る少女。
そう、あの娘が使った後なのだ。
自分の家のシャワーを女性が使ったという妙な感動と同時に込み上がってくる得体の知れない昂揚感。
素裸になった彼女がほんの少し顎を上げて、ノズルから飛び出る水滴をその身に浴びる姿。
それを想像すると、胸の奥に何やらゾクゾクとした疼きが走った。
更に頭を過ったのはあの高速で舌を動かす芸人さん。
女性が使った後のバスルームに興奮を覚えるとは思ってもいなかったが、もしかすると俺も彼と同じ穴のムジナなのかもしれない。
いつまでもバスルームの前で立ちすくんでいる俺を不審に思ったのか、気付くと彼女がジッとこちらを見ていた。
「——っ」
目と目が合うと何だか心の内を見透かされたようで恥ずかしくなり、俺はいそいそとバスルームに入った。
いつも応援ありがとうございます。
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