「馬鹿な事言ってないで今すぐここから下ろしなさいっ!これは主人命令よ!」
調理台は本来料理を作る場所であり寝そべる場所ではない。
まな板に押さえ付けられた鯉のようにテーブルに乗せられた
アリアは屈辱に叫ぶ。
両手を振り回し暴れてみせるが、やはり思う様に身体は動いてはくれない。
肉体だけがスローモーションのように意識の後から付いてくる感覚。
そんな
アリアを見下ろしながら、
佐野山は眉根を寄せ、
「往生際が悪いですね。暫しの間、大人しくして頂きましょう」
小さく溜め息を吐いて自身の首元に手を伸ばすと、締めていた黒ネクタイを外す。
長いネクタイを二つに折り、輪っかを作ると
アリアの手首にくるりと巻き付ける。
出来た輪っかの中にタイを通し、その後両手首の間をスルスルと二往復させた。
たったそれだけで強く結ばれている感覚がほとんど無いにも係らず、
アリアの両手首はピタリとくっ付いた様に離れなくなっていた。
所謂、早縄術と呼ばれるものだがそれは
アリアの知る所ではない。
「——ちょっ!?何してるのよっ!?」
自分が一瞬で緊縛されてしまった事に驚きを隠せない
アリア。
「ご覧の通り、怪我をしないよう拘束させて頂きました」
「......別に怪我なんてさせないわよっ!」
「私がではなく
アリアお嬢様がです。私の顔や歯に当たってお嬢様の手を傷をつける訳にはいきませんので......」
言っている事とやっている事が微妙に食い違っている。
自分の事をそこまで大切に考えているならそもそも拘束などするなと
アリアは思った。
だが今はそんな事より、
「なにを......するつもり......?」
自分の身に何が起きるかの方が重要だった。
佐野山はそれを聞いてにっこり微笑み、執事のお手本となるような折り目正しいお辞儀をしてみせる。
そして、
「食いしん坊なお嬢様の為にスイーツ試食会と洒落込みましょう」
黒縁メガネの奥にある瞳を妖しく光らせながらそう言った。
まるで主人と従僕の立場が逆転したかのようなこの状況化にあって尚、その丁寧な仕草と物言いは場にそぐわない奇妙なちぐはぐさを生み出していた。
佐野山は一度
アリアから離れると、奥へと足を向けた。
業務用冷蔵庫の前で立ち止まると、扉を開きおもむろに内部をゴソゴソ探り始める。
そこから大きなお盆を二つ取り出すと調理台の上に置いた。
そして、かけていたラップを一つ一つ丁寧に取り外していく。
同じ様な作業を二度、三度と繰り返してからようやく
佐野山が口を開いた。
「お待たせ致しましたお嬢様。先程のミルフィーユは本当にただの試作品でして、実はお嬢様の為に別のスイーツを沢山ご用意しておりました」
アリアは身体が動かないので首だけ回して
佐野山の方を振り返る。
そこには目も眩まんばかりの色とりどりのスイーツが置かれていた。
鼻先をくすぐる濃厚で芳醇な甘い匂いが部屋中に充満していく。
ショコラケーキをはじめとしてリンゴのムースやタルト、抹茶のシフォンケーキ、ミルクレープやフランボワーズまである。
それぞれ食べやすいようにワンピースごとに綺麗に切り分けられており、さっきのミルフィーユを思えばあれらのスイーツも非常に美味であろう事が容易に想像出来た。
こんな状況でなければ小躍りしながら「さぁどれから食べてやろうかしら?」と満面の笑みで悩んでいた所だ。
佐野山は歯噛みする
アリアを特に気にした様子もなく大量にあるスイーツの一つに手を伸ばす。
手に取ったのはストロベリーと思わしきムース。
佐野山はフォークで一口サイズに切り取ると、
アリアの口元に運びながら、
「ではお嬢様。”あーん”で御座います」
臆面もなくそう言い放った。
「『あーんで御座います』じゃないわよ!!そんなの嫌っ!!」
アリアは真っ赤になった顔を背け口を閉じてみせる。
気位の高い
アリアにとって赤子のように口を開けて食べさせられるというのは屈辱以外の何物でもなかった。
「はて、ストロベリームースはお気に召さないので?」
困ったように眉を顰めてみせる
佐野山。
(むしろ大好物よっ!!)
好きだからこそ余計に腹が立った。
そしてこの男が自分の好物など完璧に把握している事も。
知っていてわざとトボケているのだ。
腹が立たない訳がなかった。
「こんな状態で食べさせられるのが嫌って言ってるの!!体が動く様になったら自分で食べるわっ」
「先程みたいにお嬢様がスイーツを貪るだけでは仕置きになりません......」
「貪ってないでしょ!?一口食べただけじゃないっ!」
そこで
アリアははたと思う。
そういえば何故自分は突然身体が思う様に動かなくなったのだろうか?——と。
どうもあのミルフィーユを食べた後から身体の調子がおかしい気がするが、ひょっとすると試作品と言っていたあのミルフィーユには変な薬でも入っていたのかもしれない。
そう疑わざるえない。
だとしたら尚更、好物とはいえ口に入れる訳にはいかなかった。
フラッシュバックする昨夜の夢の記憶。
この男は自分の身体に何か変な事をしていなかっただろうか?
しかし、思い出そうとしても微かな断片となってしまった記憶は、靄がかった様にぼんやりしていて拾い上げる事が出来ない。
なんとかして夢の記憶を辿ろうとする
アリアに向かって、
「お嬢様がご自分で食べないと仰るなら私が少々強引に食べさせますが、よろしいので?」
薄い笑みを浮かべてそう言う
佐野山。
「勝手になさいっ!」
頭に血が昇っている
アリアは叫ぶように言い返す。
「かしこまりました」
慇懃な調子で腰を折って頭を下げる
佐野山。
「体が動く様になったら覚えてなさいよっ!」
鼻息荒くそう返す
アリア。
しかし次に
佐野山が取った行動は
アリアを驚愕させるに十分なものだった。
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