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お嬢様、イヤらしい汁が下のお口からだだ漏れでございます。その1

 午後の昼下がり。

 窓際で優雅にティーカップ傾ける宝生家の令嬢、宝生アリアは少し冷めた紅茶を一口すすり、小さく呟いた。

「暇ね......」

 本物の会社のトップというものは基本的に暇なものだ。

 自分がいなくても会社が回るようにシステム化しているからだ。

 その令嬢となれば尚更。

 旅行か買い物、趣味趣向に時間やお金を使うしかない。

 そして、得てしてそういう生活はすぐに飽きるものだ。

 経営に口を出す様になってからは、多少は人生に張り合いが出てきたが、やはり必要に迫られていない以上、どこかゲーム感覚なのは否めない。

 しかし、ゲーム感覚とは言え、アリアの経営手腕はずば抜けており、各界からも一目置かれる存在なのだが、当人はそうした評価に対してはとんと無頓着であった。

 それはアリアにとって”生き甲斐”と呼べる程のものではなかったからだ。

 アリアは手元にあった呼び鈴を指でつまみ、チリンと軽く鳴らした。

 一秒と待たず、アリア専用の執事が顔を覗かせる。

「いかがされましたか?アリアお嬢様」

「......相変わらず早いわね」

 佐野山蓮(さのやまれん)。

 アリア専用の執事であり、この家に仕え始めて五年になる。

 実直勤勉、質実剛健、絵に描いたようなクソ真面目な性格。

 料理や掃除などの家事全般をソツなくこなし、言動、所作、礼儀作法に至るまで一分の隙もない。

 スラリと伸びた身長、切れ長の目、スッと通った鼻筋、黒縁の眼鏡が融通の利かなさを物語っているようだった。

 光を通さぬ程の漆黒の黒髪が、腰を折った拍子にサラリと揺れ、やはり同じ様に黒い燕尾服がよく似合っていた。

 時折見せるその微笑みは、妖しく心を揺さぶるような妖艶さを放つが、しかし、佐野山アリアにとっては一使用人にしか過ぎず、男として見た事も意識した事も無かった。

 本人はどう思っているか知らないが、完璧超人ゆえに、所謂”男臭さ”というものを感じないのだ。

 おそらくは、アリアの事も女として見ていないだろう。

 それはそれで腹の立つ事ではあるが、文句を言っても始まらない。

 というか文句など何一つ無い。

 まさに執事になる為に生まれてきたと言っても過言ではない佐野山

 完全無欠執事。

 しかし、ゆえにこそ......

 だからこそ面白くない。

 ミスの一つでもしてくれればちょっとは楽しめるのにといつも思ってしまう。

 なので、アリアは、

佐野山、暇だわ。何か面白い事をして頂戴」

 自分でも無茶ブリだと分かっている事を口にしてみる。

「面白い事、ですか......今日もまた随分と抽象的な注文で御座いますね......」

 ツンと尖った顎に手をやり、フムと考え出す佐野山

 何か突拍子もない事を言ってくれやしないかとアリアは期待するが、

「......ではアリアお嬢様、”オイルマッサージ”などいかがで御座いましょう?」

 その答えはアリアの想像を超えるものではなく、至って凡庸なものだった。

「オイルマッサージぃぃっ?」

 不満極まりないといった感情を隠す事なく、アリアはそう返答した。

 マッサージなど、古今東西ありとあらゆるマッサージを既に試し尽くしている。

 心地良いものではあっても、別段面白いものではないのだ。

「そんなの面白くとも何ともないわっ。もっと別のにして頂戴」

 鼻で笑って顔の前で手を振りながら即却下する。

 しかし、

「お言葉ですがアリアお嬢様、今回はマッサージ師を呼ぶのではなく、わたくし自らお嬢様にマッサージを施して差し上げましょう」

「あなたが?」

 確かに佐野山の執事としての腕は認めているが、プロのマッサージ師と比較してもそう大差のあるものではないだろう。

 そう思ったアリアは、話にならないと取り合わない。

 その気配を敏感に察知した佐野山は、

「物は試しです。アリアお嬢様の為にマッサージ師、特S級ランクの資格を取ってまいりましたので、きっとお気に召して頂けるかと......」

「......ふぅ〜ん」

 自信ありげにそう言った。

 佐野山が一度主が却下したものに食らい付く事は非常に珍しい事だった。

 主の命には絶対遵守、それを体現するような男であったからだ。

 そんな佐野山が珍しく自分の主張をしている。

 そこも気になったが、何より”自分の為に”というフレーズが気に入ったアリアは、

「ならいいわ。あなたの腕前、存分に披露なさい」

 佐野山の言葉にノセられて承諾した。

 後になって思い返せばここが”分岐点だった”。

 アリアは随分と長い時が経った後、ようやくそれに気付くのだった。




 心地良いクラシックのBGMとアロマの香りに包まれて、全身裸になったアリアは広いベッドの上でうつ伏せになっていた。

 使用人に対して肌を見せるという事は、アリアにとって別段恥ずかしい事ではない。

 幼い頃から着替えや入浴の手伝いを常にさせているので、それが当たり前になっているのだ。

 男の佐野山と言えど、それは何一つ変わらない。

 そもそも裸を見せた程度で欲情するようでは、執事という職務は務まらないのだ。

「それではお嬢様、失礼致します」

 そう言って佐野山は手の平にオイルを垂らすと、不快感を与えないよう人肌までオイルをしっかり温めてからアリアの背中に塗り込んでいく。

 首、肩、背中、腰と、決して焦る事なく、程良い力加減で手を滑らせていく。

(あら......)

 特S級と言うだけあって、予想以上に佐野山のマッサージは巧みであった。

「なかなかやるじゃない」

 アリア佐野山の手並みをそう誉めると、心地良さそうに目を閉じた。

「ありがとうございます」

 後ろで佐野山が頭を下げる気配がし、またマッサージへと戻っていくのが分かった。

 マッサージは力技よりも、血流の流れに則した方が効果的だというのをよく熟知しているような手の使い方だった。

 何十人ものプロのマッサージを受けてきたアリアにはすぐにそれが分かった。

 心身がリラックスしていくと共に、全身がポカポカしてくる。

 このレベルであれば、わざわざマッサージ師を呼ばずとも佐野山に毎回やらせてもいい。

 そう思える位には素晴らしいものであった。

 しかし、

 上手い事は上手いが、アリアが面白いと思う程のものでもない。

 プロと同じレベル、もしくはそれより少し上手いというだけではアリアは満足させられないのだ。

(やけに自信たっぷりだったからどんなモンかと思えば、案外普通のマッサージじゃない......)

 蓋を開けてみれば何て事は無かった。

 僅かに落胆しつつも、気持ちが良い事には変わりはなかったので、今回はこのままマッサージを楽しむ事にした。

 心と身体のリラックスを促すような指使い。

 全身から力が抜けていく内に、まぶたが少しずつ重くなってくるのをアリアは自覚した。

 このまま寝てしまおうかしら、アリアがうつらうつらしかけた時だった。

「......んっ......あんッ!」

 妙に色っぽい声が頭の中に響いた。

(——えっ!?——えっ!?)

 眠気が一瞬で吹き飛び、アリアは素早く辺りを見回す。

 しかし、この部屋にはアリアと執事佐野山以外にはいない。

 つまりは、自分の口から漏れ出た声。

 それ以外ありえなかった。

(なに.....今の......?私が出した声よね......?)

 そうとしか考えられないが、にわかに信じ難い。

 自分の声とは思えない程の艶っぽいものだったからだ。

 軽く首を捻り、背後を伺ってみるが、佐野山の様子に特に変わった所はなく、今も真剣な目付きでマッサージを続けている。 

 やはり自分の気のせいかもしれない。

(きっと、変なツボを押されたのね......そうよ、そうに決まってるわ)

 アリアは一人そうごちると、正面を向いてまた目を閉じた。



 ——10分後......



「んっ......んんん、あッン!......はぁっ......はぁっ......あぁぁンンっ!!」

(なに、よ、コレ!?ほんとにマッサージなの!?)

 異様に身体が火照り、全身が敏感になっていた。

 かと言って佐野山の手の動きがイヤらしいものかと言えば決してそうではなく、一定のリズムを保ったまま、他のマッサージ師と変わらない入念なマッサージを施しているだけだ。

 つまり、この状況でおかしいのはマッサージの方ではなく、アリアの方であって......

アリアお嬢様、変な声をお出しにならないで下さい」

 集中出来ませんからと付け加え、佐野山は至って冷静な調子でアリアをたしなめた。

 その声があまりにも冷静なものだったので、アリアは何だか自分が悪いような気になった。

「んっ、あっ......ごめんなさいっ......でも、なんか妙に身体火照っちゃって.....あッ!ンンッ!」

「血の流れを促進するリンパやツボを刺激しておりますので、身体が火照るのは至極当然の事かと」

 またしても冷静に言われて、アリアもこれが普通の事なのかと納得する。

 恐らく、これが佐野山の言う特S級マッサージ師とやらの力なのだろう。

 確かにこれなら面白いと評価してもいいレベルだった。

「んんっ......あっ......ソコ、イイ......あはぁぁぁっ......」

 臀部を下から揉み込まれ、腹の底から心地良い溜め息が漏れる。

「はっ......ぅぅぅん......あぁぁぁぁっ」

 指先がわき腹をなぞり、肋骨の隙間を通るだけで妙な声が漏れる。

 令嬢である自分がはしたない声を上げているのは分かっているが、なかなか抑える事が出来なかった。

 更には触れられていない筈の、ベッドに圧し潰された乳首や、股の辺りまでもが疼いてきた。

「んんっ......ふっ......んんんんんっ」

「お嬢様、そんなにモジモジして、まさかとは思いますが......感じてますか?」

 胸と股間のむず痒さに身体を捩らせていたアリアは、その言葉にハッとなり顔を赤らめた。

 事ここに至っても、佐野山のマッサージはこれまでアリアが受けてきたものと大差あるようには思えない。

 佐野山の様子も至って普通。

 ここまで感じている自分がおかしいのだ。

(でも......何で今日はこんなに......)

 感じてしまうのだろうか?

 そこまで自分は欲求不満だったかしらと首を傾げるしかない。

 そんなアリアに、

「それではお嬢様、今度は仰向けになって頂けますか?」

 頭上から佐野山の声が不意にかかった。

「あ、あおむけぇぇぇっ!?」

 驚き声を荒げるアリアに、

「——?——いかがされましたか、アリアお嬢様。いつも受けてらっしゃるマッサージと同じ流れで御座いましょう」

 不思議そうに首を捻る佐野山

 佐野山の言う通り、マッサージをして貰う時は、大抵全身マッサージなので、うつ伏せの後に仰向けになるのは自然な流れであった。

 しかし、たかが背中やお尻を揉み込まれただけであれ程の声を漏らしていたのだ。

 このまま敏感な前面を触られればどうなる事か。

 僅かに躊躇いを見せるアリアに向かって、

「フフッ、もうお止めになりますか?」

 佐野山が中止を進言してきた。 

 しかし、アリアにはその声が、やや嘲笑するようであり、そして誇らしげであるようにも聞こえた。

 恐らく自分をこれだけ感じさせた、もとい、心地良くさせた事で調子に乗っているのだろう。

 そんな態度を取られると、生来の負けん気というか、負けず嫌いの気がアリアの中にむくむくと湧き上がってくる。

 ここで止めてしまえば、面白い事をしてみせろという無茶ブリにも佐野山は応えた事になる。

「か、構わないわっ!続けなさい!」

 更に言えば、たかがマッサージ如きで感じた主として、面目が立たないばかりか、今後佐野山に頭が上がらなくなるような気がしたアリアは、意を決して身を翻した。

 均整の取れた美しい肢体が露になる。

 それを見ても佐野山には照れる様子も、欲情が表に出ている様子もなかった。

 ただ、

「それでは、失礼致します」

 と馬鹿丁寧に頭を下げた佐野山は、自家製らしきオイルを手の平にたっぷりと垂らし、しばらく揉み込んで温めた後、アリアの乳房に手を伸ばした。



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