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血の繋がり【1】

俺達は生まれた時からずっと一緒だ。

俺はお前に出会う為に生まれてきたし、

お前は俺に出会う為に生まれてきたのだと信じている。

二人の繋がりは血の繋がりなんかよりもっと深くて強い。

魂と魂で繋がっている。

そんな気がするんだ。

お前の為なら俺は何だってするし、何だって出来る。

兄として、男として、人として...

『俺はお前が好きなんだ』





俺、秋月ユウには秋月アイという双子の妹がいる。

双子と言っても二卵性双生児だから顔はあまり似てない。

俺は父親似でアイは母親似だった。

性格もまるっきり違っていて、

ガキっぽい俺に対してアイはどこか大人びていて落ち着いていた。

俺は心身共に健康的だが、アイは生まれつき体が弱い。

その一年のほとんどを病院で過ごしていた。

同じお腹から生まれた兄妹だというのにここまで違うのかといつも不思議に思う。

この白一色に囲まれた空間から出られず、友達と遊ぶ事も恋をする事も出来ない。

出来る事なら代わってやりたい。

俺はいつもそう思っていた。

先に取り出されたという事で俺の方が兄という位置付けだが、

精神的にはアイの方がずっと大人だった。

学校が終わると俺はアイが入院している病院へと足を運ぶ。

アイが寂しくならないように毎日。

周りからはシスコンと揶揄され馬鹿にされているが、

俺はそんな事気にも留めない。

俺とアイは心と心で繋がっているから。

生まれた時から、いや生まれる前からずっと一緒なんだ。

きっとこれからも...

俺はいつもの様に病室のドアをノックしてから扉を静かに開けた。

「あっ、アイくん。今日は早いんだね」

アイは読んでいた本から顔を上げ、俺に向かってニコリと微笑んだ。

そこは白い壁に囲まれた空間。

大きなベッドと生活用品の入った小さな棚。

それ以外に目立った物は無く、

テレビやパソコンといった娯楽と呼べるような物も見当たらない。

心拍数を計る無機質な機器があるだけ。

少しだけ開けられた窓から初夏の日射しと涼しげな風がサラリと流れる。

薄いレースのカーテンが風に煽られて小さくユラユラ揺れていた。

光に照らされたアイの白くきめ細やかな素肌は、

この世に舞い降りた天使のように美しく思えた。

優しくて柔らかくて、けれどどこか儚いその笑顔にいつも俺は惹き付けられる。

それは病院の雰囲気と相まって、より一層の儚さを醸し出していた。

血を分けた妹に心がトキメクなどおかしな事だ。

少なくとも世間の一般的な意見ではそうだろう。

だが、俺はそうは思わない。

生まれた時から一緒に居て、気付いたら異性として意識していた。

その感情は決して穢れたものでも汚いものでもない。

純粋に人を愛するという感情そのものだ。

けれどその感情は俺の心の奥深くに沈めてある。

俺の気持ちを伝えた所でアイが混乱するであろう事は分かりきっているからだ。

アイの微笑みにドキッとしながらも、俺は平静さを保って答えた。

「午後の授業が早く終わったんでな」

持っていた鞄を適当に床に置き、

俺はアイが寝ているベッドに近付くと、

その横にある簡素なプラスチック製の椅子に腰掛けた。

アイの見舞いに来るのは両親を除いて俺しかいない。

なのでその椅子は俺専用の椅子となっていた。

「へへ...ユウくんが早く来てくれて嬉しい」

フニャリとした笑顔を作り、アイは嬉しそうに言う。

「.....バーカ」

嬉しいと言って貰えた事が嬉しい。

でも照れ隠しに俺はそんな事を言ってしまう。

(この笑顔を守る為なら、俺は何だって出来る...)

何度目かのその誓いは、【あの日】から一度だってブレた事は無い。

「ねぇユウくん。今日のお話聞かせて?」

甘えるようなねだるような、それでいて透き通るような綺麗な声。

「...ん〜.....別にそんな面白い話無いぞ?」

俺は髪の毛に手を突っ込み頭をワシワシと掻いた。

アイは俺が病室に来るといつもこうして今日の出来事や学校の話を聞きたがる。

最初の内はアレコレ考えて話していたが最近ではネタが尽き、

ただの報告みたいなものになっていた。

しかし、アイは、

「いいの、どんな話でも。

ユウくんの声が聞けるなら」

そう言ってニコリと微笑む。

(それはズルイだろう...)

褒め殺しならぬ兄殺しの言動だ。

「あ〜.....そうだなぁ.....昼休みの事なんだがな....」

そう切り出して俺は他愛のない話を始める。

どんな話をしてもアイはニコニコと嬉しそうに聞いてくれる。

その様子が嬉しくていつも俺はついつい喋り過ぎてしまう。

これもまたいつもの事、いつもの日常だった。

そんな日常が歪に変化し始めたのはアイの一言からだった。

「でさ、花壇の前で二人すげぇ楽しそうに話してんの!

あれは絶対付き合ってるな」

ウンウンと腕を組み一人相づちを打つ俺。

「............。」

軽快に話していた俺はふとアイの様子が変わった事に気付いた。

「どうしたアイ?...つまんなかったか?」

話にのめり込んで勝手気ままに話していたかもしれない。

ごめんと言いかける前にアイが口を開いた。

「違うの.....なんか羨ましくなっちゃって....」

ハニかむような笑顔は少し無理をしていて、

それは俺の胸にチクリと刺さる。

「私、体弱くてここから出られないでしょ?

だからユウくんの話を聞きながら想像を膨らませるのがとても楽しいの。

でも恋の話を聞くと羨ましくってしょうがなくなるんだ.....」

ごめんね、そう言ってアイはまた無理に笑顔を作ってみせる。

いつも朗らかで落ち着いているアイと今日は何だか違っていた。

そんな寂しい笑顔を見せるなど今までほとんど無かった。

アイ...そんな顔すんなよ...)

その笑顔を見ると、俺はどうしようもない無力感に襲われる。

病弱で外にも出られない妹に対して、俺は何もしてやれない。

それは医者の仕事だと頭では分かっていても、そう単純に割り切れるものではなかった。

「ねぇ...ユウくん....

私このまま恋愛の一つも知らないで死んじゃうのかな?」

いつも笑顔だったアイの顔が歪み、悲しみに染まっていく。

その声は震え、今にも泣き出しそうだった。

俺はそんな様子に耐えかね、アイの手を強く握り締めた。

その手はヒヤリと冷たく、今にも折れそうな程細かった。

「んな事ねーよ。アイはいつか元気になって外で思いっきり遊べる。

友達も恋愛もこれから沢山出来るよ!」

そう言いながらも自分で口にした『恋愛』のフレーズにチクリと胸が痛む。

アイに恋人が出来る。

それを考えるだけで発狂しそうな程の激しい嫉妬に襲われるのだ。

「でもね.....自分で分かるんだ....私の病気は多分治らない。

日に日に自分の体が弱っていくのが分かる...

心臓だってほらこんなに...」

そう言ってアイは握っている俺の手を自分の胸元に引き寄せた。

無造作なアイのその行為にドキリとし、

また自分が男として見られていないであろう事に胸が痛んだ。

兄妹なのだから当たり前なのかもしれないが。

それでも衣服の上からとはいえアイの身体に触れてしまった事に高鳴る鼓動。

一瞬横切った邪な考えを振り払い、俺はアイの鼓動に意識を傾けた。

トクン、トクン....

正常に打っているように聞こえるが、

その心音は弱々しく、何より遅い。

生まれつきアイの心臓は弱く、他の人よりも心拍数が遅い。

そのせいで長くは生きられないと医者に宣告されているのだ。

「全然大丈夫だよ。俺より力強いくらいだ」

俺はアイのいつもの笑顔を取り戻す為にそんな嘘を吐く。

しかし、

「嘘...ユウくん嘘ついてる」

そう言ってアイはクスクスと笑った。

双子だからなのか俺の嘘はすぐに見破られてしまう。

そして、その嘘の真意まで。

俺はアイの嘘を見抜けないというのに全く不公平なものだ。

「本当だよ。本当に...」

一度ついた嘘は最期まで貫き通す。

例え見抜かれていたとしても...

「ありがとう、ユウくん....

私ダメな子だね...ユウくんに励まされてばっかで」

「そんな事ない。俺はお前が居るからつまんない学校も日常も楽しいって思えるんだ。

一日中、今日はお前に何を話そうかって事ばっかり考えてんだぜ?」

俺が話しきる前にアイは顔を両手で覆い、

ごめん、ありがとうと言いながら声を殺して泣き始めた。

俺は居ても立ってもいられなくなり、

椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がるとアイの肩を両手で掴んだ。

アイ!俺に出来る事があれば何でも言え!!」

気付いた時にはそう宣言していた。

アイは俺のそんな様に驚き目をパチクリさせていたが、

やがて目を伏せて俯くと、小さな声で呟く。

「ありがとう、ユウくん....もう大丈夫だから」

そう言ってまたあの笑顔...

アイ....)

その時、俺の中のアイへの想いが爆発した。

マグマのように噴き出るその感情は、

理性やモラル、常識などといったものを軽々と超えていった。





気付いた時、俺はアイの唇を奪っていた。





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